何時だったかずっと前、お茶を習い始めた頃の事です。
お茶会会場の玄関で、お客様のお履物を揃えていた時に、こんな事がありました。
私達の茶会にお出でになった或る方が
「拳骨の挨拶なんて全く礼儀知らずだわ」
と、帰りしなの玄関で仰っておりました。
膝前に扇子を置き、三つ指をついて丁寧に頭を下げる、それがお辞儀の正当な所作で、江戸城の侍もそうしていたと、その方は仰せでした。
城中の侍が掌を膝正面の畳にぴたりと揃え、主君にご挨拶する様子などは、テレビや映画の時代劇でよく見かけます。
けれども、それは江戸時代の中頃以降、身分制度が完全に固定化し、幕府が安定してからの話です。主君に対して絶対臣従の形を取る完全平伏の挨拶は、安土桃山時代にはありません。完全平伏をして、畳の目しか見ていなかったら、不意打ちを食らって首を落されてしまうか分かりませんもの。危ない危ない。
そうなんです。武家茶は武士の茶の湯。式正織部流は武家茶の書院の茶。書院は刀持ち込み可なんです。短刀や脇差など差したまま、茶の席に臨みます。ご挨拶は、胡坐か又は正座して、両手の拳を膝両脇に突き、背筋をピンと伸ばして体を傾けます。胡坐を掻くのは、正座して足が痺れていたらイザと言う時闘えない為。そして、扇子は膝前に置きません。尤も今では、茶席に座っている殆どの人が正座をしております。
婆の勘繰りですが、この形、何時でも抜刀できる姿勢に見えてしまいます。
古田織部が太閤秀吉から「武家に相応しい茶を創始せよ」と命ぜられて創った書院の茶。町衆の茶ではカバーし切れない武家の欲求がそこに在るように思えます。
因みに、式正織部流では袱紗を右腰に着けます。左腰は刀を差す場所ですので、左腰には袱紗を着けません。