式正織部流「茶の湯」の世界

式正織部流は古田織部が創始した武家茶を伝えている流派で、千葉県の無形文化財に指定されています。「侘茶」とは一味違う当流の「茶の湯」を、武家茶が生まれた歴史的背景を中心軸に据えて取り上げます。式正織部流では「清潔第一」を旨とし、茶碗は必ず茶碗台に載せ、一人一碗をもってお客様を遇し、礼を尽くします。回し飲みは絶対にしません。

57 鎌倉文化(13) 工芸(織・漆)

舶来ものを珍重する気風は時代を問わず日本人にはあるようです。

元寇の後に途絶えていた大陸との交易も、幕府公認の貿易が再開されました。

日本の輸出品は、金・銀・真珠・水晶・琥珀・絹織物・硫黄・水銀・銅・鉄等々です。

元からの輸入品は、香木・漢方薬・陶磁器・仏具・墨蹟・宋銭・綾・羅・錦等々です。

鉱物資源や自然産品はさて置いて、大陸からもたらされるものに触発され、日本の工芸品も更に進歩して行きました。

輸出絹織物

日本が輸出していた絹織物は浮線綾(ふせんりょう)、繧繝(うんげん)などです。

浮線綾は、線を浮き織して丸文に菊花や蝶を織り出した布です。

繧繝と言うのは、寺院の柱などに蓮華や雲を描く時、紫・緑・赤・白など色の隈取をして美しく荘厳しているのを見かけますが、それを繧繝と言います。但し、輸出するのは「繧繝」模様の絹織物です。繧繝模様と言うのは、雛祭りのお内裏様が座っている畳縁の色鮮やかな縦縞模様の事です。恐らく、高松塚古墳の女性のスカートは繧繝模様ではないかと、これ婆の推測。

輸入絹織物

南宋や元から輸入した絹織物は、綾・羅・錦などです。

一番人気の輸入品は蜀江錦(しょっこうにしき)です。蜀江錦は紅地で連珠文や亀甲文が多く、文の中に獅子や鳳凰、花などを配した美しい文様です。蜀江錦は貴族の衣服に用いるばかりでなく、武士の鎧直垂(よろいひたたれ)等にも用いました。鎧直垂と言うのは鎧の下に着る直垂の事で、戦場での晴れ衣装でした。

後世、緞子や蜀江錦などは、名物裂(めいぶつぎれ)として茶道具の仕覆(しふく)などに珍重されました。

漆は、塗装剤・防腐剤・接着剤として縄文時代から利用されてきました。

奈良時代になると、漆の堅牢さを利用して、土造りの塑像に麻布を張り、その上から漆で塗り固め、漆が乾いてから土を取り出すという脱乾漆造(だつかんしつづくり)と言う手法で、仏像を作る事もありました。興福寺の国宝・阿修羅像は脱乾漆で作られています。

この様に、漆は日常でも仏像や美術品などで日本人に馴染みの深い素材です。漆塗りの仏具、調度品など金箔を張り、蒔絵を施し、鎌倉時代になると一層技術の深化が見られる様になりました。

三島大社に奉納されている北条政子の「梅蒔絵手箱」は、種々の漆の技法が施された化粧箱です。その手箱は白楽天の詩を意匠化したものです。その様に詩や和歌を題材にして蒔絵・螺鈿で調度品を飾るという趣向は良く使われました。この流れは江戸時代になっても続き、国宝「初音の調度」の傑作が生まれます。

螺鈿(らでん)

螺鈿細工は、紀元前1000年頃、中国の周の時代に既に始まっていましたが、唐の時代になり日本に伝えられました。仏具や調度品などが螺鈿で装飾され、さぞかし見事なものが沢山あったに違いないと思うのですが、残念ながら兵乱の時代が長く続き、調度品で残っているのは殆どありません。灰燼に帰したと思われます。それは、何も螺鈿細工だけでは無く、上記の漆の工芸品も、或いは屏風や日常雑貨も、かなり失われてしまっています。鎌倉時代になり武家政権がある程度安定して来ると、遺された物も少し多くなります。

螺鈿は単なる漆よりも堅牢だと言われています。螺鈿の鞍や螺鈿の太刀、螺鈿の胡籙(やなぐい(矢を入れて腰に着けるもの))など、武具を美々しく飾る様にもなりました。

「時雨螺鈿鞍」などは慈円の歌「わが恋は松を時雨に染めかねて真葛原に風さわぐなり」をテーマにして作られており、武具に恋とはなかなかの奥床しさです。螺鈿の鞍は当時随分流行ったようです。 

 

余談  蜀江錦(しょっこうにしき)

蜀江錦は、元々は蜀錦(しょっきん)と呼ばれていました。蜀錦は、中国は蜀の国・現在の四川省で織られていた錦で、紅色を基調色とした織物です。この地方では紅花を栽培しており、その紅花で染色したものを、蜀の国に流れる川で洗うと発色が美しくなりました。その川を蜀錦に因んで錦江(きんこう)と称し、蜀の都・成都を錦城(きんじょう)と呼びました。蜀錦は蜀紅錦(しょっこうにしき)と、真ん中の字を「紅」で書いていたものが、日本に来て「江」の字に変わりました。錦江の「江」です。

 

余談  初音の調度

徳川家光の長女・千代姫が徳川光友に嫁ぐ時に作らせた婚礼調度の事をさします。

初音の調度は、源氏物語の初音の帖に出て来る和歌の

「年月を松にひかれてふる人にけふ鶯の初音きかせよ」

を主題にして作られた調度類で、漆工芸の粋を集めた作品です。

 

余談  鎌倉彫

鎌倉彫は大陸の堆朱(ついしゅ)に想を得て、仏具用に日本で作られたものです。

堆朱とは、朱漆を厚く塗り重ねた上で、それを彫って浮き彫りの絵にしたものです。黒漆のものもあります。