式正織部流「茶の湯」の世界

式正織部流は古田織部が創始した武家茶を伝えている流派で、千葉県の無形文化財に指定されています。「侘茶」とは一味違う当流の「茶の湯」を、武家茶が生まれた歴史的背景を中心軸に据えて取り上げます。式正織部流では「清潔第一」を旨とし、茶碗は必ず茶碗台に載せ、一人一碗をもってお客様を遇し、礼を尽くします。回し飲みは絶対にしません。

105 平蜘蛛の釜

「平蜘蛛の釜」と言うのは茶釜の銘です。その姿が蜘蛛が這いつくばった形に似ていた事から、「平蜘蛛」と名付けられたと言われています。

織田信長は「平蜘蛛の釜」の所有者・松永久秀に、その釜が是非とも欲しいと幾度も懇願したそうですが、彼は絶対に信長に渡そうとしなかったそうです。それならば力づくで、と久秀の居城・信貴山城を攻囲し、平蜘蛛の釜を渡せば命は助けてやる、と条件を出しました。

久秀はその条件を蹴り、平蜘蛛を叩き割ってから自害したとか、爆薬を釜に詰め、それを腹に抱えて城もろ共に爆死したとか、久秀と平蜘蛛の釜の最期には、強烈な話題がまとわりついています。

 

噂の出所

久秀が平蜘蛛の釜を爆砕してしまった、と言う話は『川角太閤記(かわすみたいこうき)などの後世の書物に書かれています。山上宗二記』では、平蜘蛛は失われた、とだけ書かれています。松屋名物集』では平蜘蛛の釜の破片を集めて復元した、と書かれているそうです。

1577年(天正5年10月10日)、松永久秀信貴山城で自害し、城に火を掛けさせました。彼の首は安土へ送られ、遺体は筒井順慶が達磨寺に葬ったそうです。と言う事は、彼の遺体は形を留めていた訳で、爆砕して亡くなったと言うのは、全くの虚構になります。

 

鉄釜は脆い?

茶釜は鉄製の鋳物です。鋳物鉄の強度というものは、通常の力で叩いて割れるものなのかどうか、やってみた事が無いので、婆は分かりません。

錆の腐食が進んでいれば叩けば割れるかも知れませんが、でも、茶人・久秀が愛した釜です。錆び付かせるかなぁ? いや、錆び付かせないでしょう。いやいや待てよ。逆に発想を変えて、真っ赤に錆び付かせてしまったので、人に見せるのが恥ずかしく、信長の要求に応えられなかった・・・とか。うむ~それも有り得るかも。大切に使い過ぎて普段使いせず、錆びてしまったというシナリオが・・・

 

「窶(やつ)れ」

茶釜には「窶(やつ)れ」と言う特殊な状態のものが有ります。

「やつれ」と言うのは、古びて錆び付いて、何処かが壊れている釜の状態を指します。

 「やつれ」の釜は、うら寂しい冬枯れを「やつれ」に託して味わう、と言う趣向に用います。茶の正月(11月)や年の暮れなどが「やつれ」の出番です。平蜘蛛の釜が「やつれ」だったら、叩いて壊す事も出来るかも知れません。

鉄は熱に弱いです。城の炎上の熱で鉄が溶ければ、釜の破片を集めて復元した、と言う話も怪しくなります。それとも、砕いた破片を家臣が城外に捨てた後に、城を焼いたか・・・

平蜘蛛の釜が密かに久秀家臣の手によって持ち出され、権力者の目に触れる事無く、永遠に秘匿のまま現在も眠り続けていると、いいですね。その場合、錆の塊になって崩壊しているかも知れませんが、それも鉄の天寿。如何に強いものでも形あるものは滅びます。

 

余談  お釜の話 1

松永久秀愛用の「平蜘蛛の釜」には、「古天明」と言う言葉がついています。「古天明平蜘蛛の釜」と言う具合です。「天明(てんみょう)」は産地の名前です。天明で作られた古い釜と言う意味です。

茶の湯のお釜のルーツに、蘆屋釜(あしやがま)と言うのが有ります。福岡県の遠賀郡蘆屋(おんがぐんあしや)の砂鉄で造られ、和銑(わくず)と言う非常に純度の高い鉄を使っている為、500年経っても錆びない、と言われています。蘆屋釜の鉄の厚さは2㎜しか無く、丈夫で軽いそうです。その製法・技法には謎が多く、現代の技術を持ってしても解明できず、未だに完全に復元できないと言われております。

蘆屋釜の庇護者だった西国の大大名・大内氏が滅ぼされると、工人達は各地に散って行きました。彼等は土着したそれぞれの土地の名を冠して、○○蘆屋釜と名乗るようになりました。

現在、重要文化財に指定されている茶の湯釜の9口(くorこう)の内、8口が蘆屋釜です。

一方天明釜(天命、天猫とも書きます)ですが、下野国(しもつけのくに)佐野郡天明(現栃木県佐野市)で16世紀中頃まで生産されていました。野趣あふれる地肌のものが多いようです。信長が柴田勝家に天猫姥口(うばくち)の茶釜を与えたと言う、その茶釜が藤田美術館に所蔵されています。(お釜の数え方は口(くorこう)と数えます)

 

余談  お釜の話  2

茶釜の形は色々あります。真形(しんなり)釜、万代屋(もずや)釜、阿弥陀堂釜、広口釜、姥口(うばくち)釜、肩衝(かたつき)釜、筒釜、富士釜、そして、平蜘蛛の釜などなどです。

真形釜は羽釜です。胴の腰回りに羽が、土星の輪の様なツバがついています。他のは羽落ちして、ツバがありません。平蜘蛛の釜は、丁度マカロンに羽を付けたような形です。

「やつれ」の釜と言うのは前述したように、古びていて何処かが壊れたようなお釜の事を言いますが、壊れている、といっても、ひびが入っていたり、底に穴が開いている様なものでは、勿論ありません(水漏れしてお湯が沸かせません)。

どういうものかと言いますと、羽が損傷している様な釜の事を言います。つまり、羽が綺麗な円周では無く、リアス式海岸の様になっている物です。「やつれ」の釜の殆どが平蜘蛛形の釜です。

近頃では「やつれ」の釜を通販で売っているようです。リアス式海岸の様に成形した鋳型に鉄を流し込んで制作されたものです。不規則に羽の縁がギザギザしていて、それなりにそれらしく見えますが・・・

400年経った本物の「やつれ」を見たことが有りますが、破断面が結構鋭いです。それに、内側に赤錆がびっしり。余程何回もお湯を沸かして錆を除去しないと、お湯に金気の味が出てしまいそうです。