式正織部流「茶の湯」の世界

式正織部流は古田織部が創始した武家茶を伝えている流派で、千葉県の無形文化財に指定されています。「侘茶」とは一味違う当流の「茶の湯」を、武家茶が生まれた歴史的背景を中心軸に据えて取り上げます。式正織部流では「清潔第一」を旨とし、茶碗は必ず茶碗台に載せ、一人一碗をもってお客様を遇し、礼を尽くします。回し飲みは絶対にしません。

128 絵で見る茶の湯(2) 調馬図

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『調馬図』

滋賀県多賀大社(たがたいしゃ)という神社があります。そこに重要文化財の六曲一双の屏風があります。

『調馬図・厩馬図(ちょうばず・きゅうばず)』と言って、左隻に厩舎に繋がれている六頭の馬が描かれており、右隻には騎乗して馬を走らせている侍とそれを部屋から眺めているお殿様が描かれています。その場面にお茶を点てている宗匠が居ますので、ちょいと取り上げてみました。

上図がその部分です。下手を顧みず、再び婆が模写しました (お笑い下さい)。

お殿様が八畳間の縁側近くにお座りになって、馬場を走る家来達の様子をご覧になっています。片膝立を崩して座り、脇息(きょうそく)にもたれかかり、如何にも寛(くつろ)いでいる様子。傍(かたわ)らには太刀持ちの小姓が侍(はべ)り、もう一人の小姓が「あれを御覧(ごろう)じ下さいませ」とでも言いたげに、お殿様のご機嫌を取っています。

次の間に家臣達が控えて座っています。小姓が一人、手に茶碗を持って歩いています。家臣が控えている同じ部屋の、お殿様の視野に入らないような襖の陰に、茶の宗匠らしい人物が居ます。宗匠は後ろ向きに座ってお点前の仕舞い支度をしています。

何故、仕舞い支度だと分かるのかと言いますと、この場面でお茶を召し上がるのはお殿様お一人です。家臣にはお茶を供さないでしょう。お殿様には、宗匠が点てたお茶を小姓が既に運んでいますので、その後に次々と点てる事は無いと判断しました。

宗匠の手元を見ると、茶碗の中に茶筅(ちゃせん)を立てて入れて、何やらしています。これは茶筅濯ぎと言って、仕舞い茶碗に新しい水を汲み、その中に汚れた茶筅を入れてシャカシャカと振るい、濯(すす)いでいる所と、婆は見ました。

宗匠が点てたお茶は薄茶です。ネット画像をかなり拡大しないと分からないのですが、画像をよく見ると、台子の前に棗(なつめ)が置いてあり、茶杓(ちゃしやく)がその蓋の上に載せてあります。棗を使う時は、薄茶を入れると決まっています。(茶入れを使う時は濃茶を点てると決まっています。)

 

道具立て

宗匠が点てているお茶の道具立ては、真台子(しんのだいす)の様です。

黒漆塗りの地板にこれも黒漆塗りの4本の支柱を立てています。その上に天井板がある筈ですが、天井板の部分は建物の屋根の下に隠れていて見えません。

風炉はどうやら三本足のついた朝鮮風炉鬼面風炉鐶付きが無いので多分朝鮮風炉でしょう。茶釜と風炉は、釜の底面と風炉の口径のサイズがぴったりと一致している作りの様です。

杓立(しゃくたて)水指(みずさし)は、焦げ茶色の様な色をしています。なので、背景の黒漆の台子にかなり融け込んでいます。良く見ないと分からないのですが、二つは同じ材質の様です。多分、備前などの陶器では無く、唐銅(からがね)作りではないかと・・・

杓立と言うのは、花瓶の様な形をした物で、柄杓を挿しておくものです。水指は、お水を入れておく器です。杓立・水指・蓋置を同じ材質でおなじ意匠で作ったものを皆具(かいぐ)と言って、格付けが高いお点前に使います。皆具の格付け順位は陶器製<磁器製<唐銅製となります。

杓立の前に、丸いお皿の上に白い小さなものが有ります。恐らく、茶巾台と茶巾でしょう。茶巾と言うのは細い麻布で出来ていて、布巾と同じ役割をするものです。

これ等の道具立てを見ると、式正織部流の真台子を使って行うお点前とそっくりです。

 

直進・直角

お小姓が持っている茶碗は黒い色をした茶碗です。侘茶でよく用いる黒楽茶碗に似ています。茶碗台はありません。真台子を使っての「侘び点て」の様です。

さて、お小姓。前項で取り上げた「厩図」のお小姓はしずしずと歩んでいましたが、「調馬図」のお小姓は、足首が出る短めの袴で、結構大股で歩いています。

あらあら、ちょいと待ちなさい。お小姓さん、真っ直ぐ行ったら家来の前に行ってしまうでしょうに。お殿様を差し置いて、先に家来へお茶を供したら「無礼者!」って手打ちにされ・・・いやいや、これは武士の作法。進む時は畳幅の真ん中を直進し、曲がる時は直角に曲がるのが決まりです。敷居を斜めに跨(また)いだり、畳を斜めに横切る事はありません。式正織部流の作法もそうしています。お小姓が進行方向へまっすぐ進み、それから、くるっと90度曲がって敷居を跨ぎ、其の儘進むと丁度具合よく殿様の御前に出ます。

 

帯刀

この建物の中にいる武士達は全員が帯刀しています。羽織や衣服に隠れて刀を差しているかどうか分からない御仁もいますが、原則刀は常に腰に差しています。「敵襲」「謀叛」「暗殺」等々いつ何時、緊急事態が発生しないとも限りません。お殿様が寛いでいる時でも、家来は常住武備です。

千利休が大成した侘茶の茶室では、刀を腰に差していない状態で席に臨みますが、城中では誰も無腰にはなりません。これと同じで、武家茶の、書院の式正のお茶では、刀は差したまま行います。客も差したままです。(現代は違います。刀の替わりに扇子を差します。)

従って、侘茶では袱紗を左腰に付けますが、武家茶の式正織部流では袱紗を右腰に付けます。左腰には刀。左腰に手をやると言う事は、刀に手を掛けると同じ動作です。その様に誤解されたら、忽ち修羅場に成り兼ねません。なので、左腰には袱紗を付けないのです。

 

調馬図から見える茶の湯

お茶のお点前が客の目の前で行われる様になったのは、恐らくこの調馬図が描かれた頃かと思われます。この絵の中の宗匠は、開け放たれた襖の陰という半ば裏、半ば表の中途半端な位置に居ます。唐物の道具立てでお茶を点てながら、用いる茶碗は天目茶碗や青磁の茶碗では無く、侘茶で用いる和物の黒茶碗を使っています。これはお茶のお点前が陰点てから表点て(婆の造語です)に移行する過渡期のスタイルかも知れません。

お茶は、元来お茶を飲む為だけのもの。お点前の手順も所作も関係ありません。ですから、『厩図』の様に、お茶を水屋(みずや(=台所))か庫裏(くり(=台所))から運んできて供する遣り方になっています。

ところが、侘茶が発達し始め、狭い部屋で親しい人とお茶を飲むとなると、それなら一層の事お茶を点てる時間の流れを共に楽しもう、と言う事になります。「飲む」事が主だったお茶に「見せる」要素が加わってきます。パフォーマンス度が上がり、動きの手順、所作の美しさ、お道具の配置の美的センスが追及され、より洗練された「お点前」が現れる様になります。

と、まあ、ここまでは陰点てから表点てへの、一本筋の流れの様に書きました。が、実はそれ程単純な流れでは無く、幾筋もの流れが並行したり絡み合ったりしていて、一概にこれはこうだと断定できません。室町幕府8代将軍・足利義政が東山に山荘を築き、趣味三昧に耽(ふけ)っていた頃は既に、侘茶の原形が出来ていました。

書院の走りと言われる東山銀閣の同仁斎は、非常に簡素な室内です。付け書院に違い棚のある四畳半です。将軍の居間としては金碧障壁画も無く、建具の金具も特に無く、内装そのものは質素で、これをして「侘び」と称するのかも知れません。けれど、義政がそこで行ったであろうお茶は、後世に国宝となる様な超一級の品々を用いて行っていました。それらのお道具は金銀極彩色の対極に有り、静謐で地味な雰囲気を湛(たた)えていますが、これぞ贅美を尽くしたお道具類で、うらぶれて侘しく、冷え枯れて寂しいものでは決してないのです。大陸の物であれ日本の物であれ、それらは時代が渾身の力を込めて作った傑作の芸術作品群です。

清規(しんぎ)、闘茶、淋汗茶の湯、書院のお茶、草庵のお茶、縁側のお茶など多彩な形のお茶がありますが、やがて「侘茶」一つに集約されて行きます。お茶と言えば侘茶。侘茶以外は考えられない、という世の中になって来ています。

式正織部流は、古田織部がそうであったように、利休の「侘茶」の影響を受けつつも、なお独自の道を歩んでいると言えましょう。

 

毒殺回避

陰点てから表点てに代わる事によって、詰り、お点前を人の視線に晒す事によって、パフォーマンス性に磨きが掛かると同時に、毒殺の危険が軽減される、という利点も生まれました。

式正織部流に「六曲屏風点て」というお点前があります。毒を盛られない様に屏風で囲って鍵を掛けて置くもので、お点前開始の時に鍵を開けて使用します。歌舞伎で伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の乳母の政岡が、命を狙われている幼君・鶴千代君の為に、この六曲屏風を使ってご飯を炊く場面があります。

お茶は、時には毒殺などの手段に使われる事もありました。六曲屏風に限らず、毒殺を防ぐ手段に、仕覆(しふくor(仕服))の緒を華やかに結ぶ方法を採るようになりました。棗や茶入れに着せる仕覆(袋状のカバー)の緒(閉じ紐)を、梅や桜、蝶などの形に結びます。当事者以外の人が一度ほどいたら、元に戻せなくなるような複雑な結び方です。封印代わりです。

 

 

余談  お道具説明

茶筅・茶筌(ちゃせん)  

竹で出来た物で、湯に入れた抹茶を掻き混ぜる道具。茶筅は一般名詞。茶筌は和歌山県生駒市高山町で生産された物に対して限定的に使います。

仕舞い茶碗

仕舞い茶碗は全てのお点前が終わった後に、茶筅濯ぎの為にだけ使う茶碗です。仕舞茶碗はお客様にお出ししません。

茶巾台・茶筅

茶巾台と茶筅台は同じものです。侘茶では茶筅を畳に直に置き、茶巾は釜蓋の上に直接置いたりしますが、式正の茶では、清潔を保つ為、或いは漆塗りのお道具などを湿気で痛めない為、台子点てでは陶器製の小皿の上に茶巾や茶筅を載せて使います。

朝鮮風炉と鬼面風炉  

朝鮮風炉も鬼面風炉もいわゆる風炉の一種で、足が三本あります(→鼎(かなえ)。鼎立(ていりつ))。

鬼面風炉は鐶付きと言って、持ち運びに便利なように両脇に金具の輪っか(=鐶)が付いています。その輪っかが通っている穴があり、その穴に鬼の顔や、龍などの装飾が施されています。それで鬼面風炉と呼びます。

真台子

真台子とはお点前の中でも最も格式の高いお点前です。式正織部流のお稽古では入門から奥伝まで次のような流れになります。

平点前(風炉・炉それぞれに普通の点て方の外に、太閤点てや畳紙点てなど幾種類もの点て方があります。) → 棚点前(四方棚(よほうだな)・二重棚・三重棚・高麗卓(こうらいじょく)等々それぞれ風炉点てと炉点てがあります。) → 長板(風炉を使用・普通点てと天目点て等々) → 袋棚(炉を使用・普通点てと天目点て等々) → 竹台子(風炉を使用・普通点てと天目点て等々) → 真台子(風炉を使用・主に天目点てで、一天目から六天目迄あります。六天目は秘伝。献茶様式や正月用の歳旦点て六曲屏風点てなども真台子を使って行われます。) 特殊なものに弓箭台子(きゅうせんだいす)や、鎧櫃(よろいびつ)を使っての点て方(立礼)も有ります。全て式正で行い、茶碗台を使います。