式正織部流「茶の湯」の世界

式正織部流は古田織部が創始した武家茶を伝えている流派で、千葉県の無形文化財に指定されています。「侘茶」とは一味違う当流の「茶の湯」を、武家茶が生まれた歴史的背景を中心軸に据えて取り上げます。式正織部流では「清潔第一」を旨とし、茶碗は必ず茶碗台に載せ、一人一碗をもってお客様を遇し、礼を尽くします。回し飲みは絶対にしません。

2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

101 戦国乱世(1) 大物崩れ

大物崩れ(だいもつくずれ) 大物崩れの大物は「だいもつ」と読みます。大物(だいもつ)という地名に由来しています。大物町は兵庫県尼崎市に在ります。昔は海に面した大物浦(だいもつうら)と言う港でした。ここは細川高国が壊滅的敗北を喫して自刃した地でもあ…

100 戦国時代の幕開け(2) 流れ公方帰還

細川澄之(ほそかわ すみゆき)は、永正(えいしょう)の錯乱で暗殺された細川政元の葬儀を手際よく行い、家督者たる立場を示しました。将軍・義澄も澄之を細川家の跡取りと認めました。ところが、それも束の間、事件の揺り戻しが大きく津波の様に伸(の)し掛かっ…

99 戦国時代の幕開け(1) 永正の錯乱

明応の政変 1493年(明応2年4月)、細川政元が10代将軍・足利義材 (あしかが よしき) を追放して、足利義澄(あしかが よしずみ)を11代将軍にした事件が起きました。これを明応の政変と言います。(参照:96 足利義尚・義材・義澄と明応の政変) 「人の世空しい(1…

98 船田の乱 土岐氏と斎藤氏

織田信長が生まれる40年ほど前、美濃の船田で始まった船田の乱は、船田合戦とも言い、土岐氏の家督相続を巡る争いが発端です。この戦いは、美濃一国に留まらず、近隣の尾張、近江、越前を巻き込む広範な地域に及びました。 石丸(=斎藤)利光が居城としていた…