式正織部流「茶の湯」の世界

式正織部流は古田織部が創始した武家茶を伝えている流派で、千葉県の無形文化財に指定されています。「侘茶」とは一味違う当流の「茶の湯」を、武家茶が生まれた歴史的背景を中心軸に据えて取り上げます。式正織部流では「清潔第一」を旨とし、茶碗は必ず茶碗台に載せ、一人一碗をもってお客様を遇し、礼を尽くします。回し飲みは絶対にしません。

2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

24 血で血を洗う 源氏三代 

鎌倉に幕府を開き、征夷大将軍になった源頼朝は、武家政権の樹立という大事業を成し遂げました。武家を取り纏め、政権としての形を整え、守護・地頭を置いて勢力拡大の足掛かりを作りました。そこに至る迄には、敵対した身内も、敵対しなかった身内も、頼朝…

23 お山の大将 いじめの構図

昔、昔と言ってもそう遠くない昔、婆が子供のころ色々な遊びがありました。 鬼ごっこ、ままごと、缶蹴り、馬跳び、だるまさんが転んだ、おはじき、8の字・・・・そんな中に「お山の大将」という極めて危険で乱暴な遊びがありました。 建設残土を積み上げた小…

22 源氏の諸流

いづれの御時にか 女御更衣あまた侍ひ給ひける中に・・・・・侍がおりました。 まぁ! ご冗談を、と言いたいのですが、「侍(さぶら)ひ給ひける」の「侍ひ」が「侍」の語源になっていますので、単語的には当たっています。 天皇の皇子が臣籍降下して源氏の姓を…

21 室礼(6) 床の間

床の間の室礼の原形は寺院にあります。 例えば,釈迦三尊像の場合、釈迦牟尼仏を中尊にして両側に脇侍(わきじ)を置きます。 何々会館などで二間幅くらいの広い床の間でよく見かけますが、三基の活花を飾ったり、三幅の掛物を掛けたしますが、それは中尊・脇…

20 室礼の歴史(5) 同仁斎

銀閣寺境内(正式には東山(とうざん)慈照禅寺) に東求堂と言うお堂があり、そこに同仁斎と言う部屋があります。同仁斎は四畳半の小さな部屋ですが、お茶を語る時、書院を語る時、日本の住宅建築を語る時、どうしても外せない重要な場所です。 室町幕府の将軍…

19 室礼の歴史(4) 武家文化

平安末期から鎌倉時代、更に南北朝時代から室町時代へと時代は推移して行きます。 鎌倉に武家政権が誕生しましたが、わずか3代で源氏の血筋は絶え、代わりに北条氏が執権になります。北条氏は執権政治で武家の頂点に立ちますが、苦難の連続でした。 それは、…

18 室礼の歴史(3) 禅の影響

寝殿造と言っても色々あって、太政大臣の大豪邸から地方受領の屋敷まで、規模も配置も形も千差万別だったとか。それが、鎌倉時代に大鋸(おおが)が出来て製材が容易になり、鑿が出来て溝が簡単に彫れるようになると、嵌め殺しの障子(襖・板戸などを含む)だっ…

17 室礼の歴史(2)  生活と荘厳

寝殿造りの建物は、その後の幾多の兵乱で失われてしまい、残念ながら現存しているものは一つも有りません。わずかに焼失を免れた調度類と、絵巻物や文学などと合わせて見て、その頃の貴族達の暮らし振りが偲ばれるのみです。 この時代は日本文化の揺り籠です…

16 室礼(しつらい)の歴史(1) 寝殿造

お茶席には、風炉や風炉先屏風や棚物などが配置され、床の間に掛物や花生け、或いは香合などが飾られています。これを室礼(しつらい)と言います。 室礼は茶の湯の歴史が始まるずっと前からありました。それは、寺院の荘厳の仕方で有り、寝殿造りの間仕切りの…